東京高等裁判所 平成7年(行ケ)98号 判決 1997年5月13日
東京都千代田区丸の内2丁目6番1号
原告
古河電気工業株式会社
同代表者代表取締役
友松建吾
同訴訟代理人弁理士
若林広志
東京都江東区木場1丁目5番1号
被告
株式会社フジクラ
同代表者代表取締役
田中重信
同訴訟代理人弁護士
藤本博光
同
鈴木正勇
主文
特許庁が平成6年審判第5321号事件について平成7年2月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「ケーブル導体」とする特許第1402938号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。本件発明は、昭和53年5月24日に出願された実用新案登録出願(実願昭53-69890号)を同年10月27日に特許出願に変更された出願(特願昭53-132333号)であって、昭和60年12月13日に出願公告(特公昭60-57165号)され、昭和62年9月28日に特許権の設定の登録がなされたものである。
原告は、平成6年3月25日、被告を被請求人として、本件特許を無効にすることについて審判を請求し、平成6年審判第5321号事件として審理された結果、平成7年2月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年3月8日原告に送達された。
2 本件発明の要旨(特許請求の範囲第1項)
銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少なくも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体。(別紙図面1参照)
3 審決の理由
審決の理由は別添審決書写し(以下「審決書」という。)記載のとおりであって、その要旨は、原告が、本件発明は甲第3ないし第6号証、第16ないし第18号証、第20号証、第21号証(審判時の書証番号は甲第1ないし第9号証。以下、本訴における書証番号により表示する。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである旨(第1の理由)、本件発明につき昭和60年7月19日付けでした補正(以下「本件補正」という。)は要旨を変更するものであるから、本願は上記補正の日にしたものとみなされ、本件発明は、本件発明の出願公開公報(甲第9号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨(第2の理由)それぞれ主張したのに対し、審決は、本件補正は明細書の要旨を変更するものではないことを理由として上記第2の理由の主張を排斥し、上記第1の理由の主張については、本件発明は上記甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない旨判断したものである。(なお、審決書2頁18行から19行にかけての「少なくとも」は「少くも」の、4頁16行の「少なくとも」は「少くとも」の、6頁7行の「少なくも」を「少くも」の、8頁13行の「少なくとも」は「少くとも」の、10頁10行から11行にかけての「「少なくとも」は「少くとも」の、12頁末行の「表面効果係数」は「表皮効果係数」の、13頁14行の「超伝導材料」、「超伝導体」は「超電導材料」、「超電導体」の、15行の「絶縁超伝導導体」は「絶縁超電導導体」の、18行の「超伝導マグネット」は「超電導マグネット」のそれぞれ誤記と認める。)
4 審決の理由に対する認否
審決の理由1ないし3(審決書2頁2行ないし4頁3行)は認める。同4(同4頁3行ないし17頁末行)のうち、本件補正についての判断部分(同8頁11行ないし12頁8行)、第1の理由及び第2の理由についての判断部分(同15頁9行ないし17頁末行)は争い、その余は認める。同5(同18頁1行ないし4行)は争う。
5 審決を取り消すべき事由
審決は、前記第1の理由及び第2の理由についての判断を誤り、本件特許を無効とすることはできないと誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(第1の理由についての判断の誤り)
<1> 審決は、「甲第3ないし第5号証、第20号証、第21号証には、・・・本件発明の特徴である「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」という具体的構成については、記載も示唆もするところがない。」(審決書15頁11行ないし18行)と認定しているが、以下述べるとおり誤りである。
甲第4号証には、大サイズ導体の表皮効果を低減するために、セグメント内の銅素線に銅の酸化膜による絶縁を施すことが記載されている。また甲第5号証にも、導体素線を撚り合わせた大サイズケーブル導体の表皮効果を低減するために、導体素線の表面に酸化皮膜を設けることが記載されている。導体素線の材料は通常は銅であるから、ここでいう酸化皮膜とは銅の酸化皮膜のことである。
すなわち、甲第4、第5号証には、表皮効果の低減を目的としてケーブル導体に「銅の酸化物による絶縁皮膜が設けられている素線」を用いることが開示されている。
銅の酸化物には、酸化第一銅と酸化第二銅しかないことは周知の事実である。そして、甲第6号証によると、酸化第二銅皮膜は銅導体との密着性が非常に良好であり、厚みが薄いにもかかわらず耐摩耗性、引っ掻き強さも良く、また適度の絶縁性を備えているので、銅導体の低電圧の絶縁材料に適していることも明らかである。また、酸化第一銅は亜酸化銅とも称され、空気中では酸素と結合して酸化第二銅に変化するものであり、化学的、機械的に不安定であることも周知である。
そうとすれば、ケーブル導体に「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」を用いることは甲第4ないし第6号証に十分示唆されているというべきである。
被告は、甲第4、第5号証は極低温ケーブル用導体の考案に関するものであって、本件発明のように常温ケーブル用導体に関するものとはその対象が異なる旨主張するが、交流の大電流を流すケーブルの場合は、表皮効果の影響を無視できないという点では、常温で使用されるケーブルも極低温で使用されるケーブルも全く同じである。本件発明の対象は「ケーブル導体」であって、「常温ケーブル用導体」ではないのであるから、「極低温ケーブル用導体」をも含むことは明らかである。
<2> 審決は、甲第6号証について、「目的が相違するばかりか、構成及び効果においても全く相違する。したがって、酸化第二銅の特性について記載されていても、この記載から常温のケーブル導体の素線絶縁に酸化第二銅を用いるという技術思想を容易に想到することはできないものと認める。」(審決書16頁10行ないし15行)と、甲第6号証の記載内容から本件発明が直接類推できるかどうかを判断しているが、甲第6号証は単に酸化第二銅皮膜の性質を立証するために提出したものであるから、そこから本件発明を直接類推できるか否かを判断しても意味のないことである。
前述のとおり、甲第4、第5号証には表皮効果の低減を目的としてケーブル導体の素線絶縁に酸化銅皮膜を用いることが開示されているのであるから、残るは酸化銅皮膜として酸化第一銅皮膜を使用するか酸化第二銅皮膜を使用するかだけの問題である。このどちらを選ぶかというときに甲第6号証に酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁に適していることが開示されているとすれば、ケーブル導体の素線絶縁に酸化第二銅皮膜を使用することは当業者が何の困難性もなく考えつくことである。
<3> 審決は、「本件発明は、・・・酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を・・・配設したことにより、表皮効果の改善をはじめとして、種々の有用な効果が得られている」(審決書16頁末行ないし17頁6行)と判断しているが、素線絶縁に酸化第二銅皮膜を用いたとしても、表皮効果低減の効果は、従来のエナメルによる素線絶縁導体と何ら変わるところはない。また、本件発明の表皮効果の改善に関する効果以外の効果は酸化第二銅皮膜を使用すれば当然に得られる効果である。
<4> 以上のとおりであるから、「本件発明は、甲第3ないし第6号証、第16ないし第18号証、第20号証、第21号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。」(審決書17頁7行ないし9行)とした審決の判断は誤りである。
(2) 取消事由2(第2の理由についての判断の誤り)
<1> 本件補正に係る明細書(甲第8号証。以下「補正明細書」という。)の特許請求の範囲には、別紙参考図に示すタイプA、B、C、Dの構成の導体が含まれている。すなわち、補正された特許請求の範囲第1項の「各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少くも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体」には、セグメントの中間層のみを絶縁素線とし、他を非絶縁素線としたもの、つまり別紙参考図のタイプC、Dのようなケーブル導体を含むことになっている。しかし、このようなケーブル導体は出願当初の明細書及び図面(甲第7号証。以下「当初明細書」という。出願当初の図面は別紙図面2参照)には全く記載されていない。
したがって、本件補正は、当初明細書に記載されていなかった事項を「特許請求の範囲」に含ませるものとなっており、明らかに要旨を変更するものである。
<2> 補正明細書(甲第8号証)には、「即ち複数本の銅素線を撚り合わせて圧縮整型してセグメント20を構成しているが、この各セグメント20の表面より第2層22の銅素線は酸化第二銅皮膜を有する絶縁素線10よりなり、表面第1層26及び内層24は通常の銅素線からなるものである。」(7頁9行ないし14行)と記載されているが、これは図面に基づく本件発明の唯一の実施例であり、この実施例の導体は別紙参考図のタイプCの構成に相当する。
これに対し、当初明細書に記載されている実施例は、(a)第3図(別紙図面2参照)に示される、セグメント20の外層22のみを絶縁素線にし、内層24を非絶縁素線30とした導体(甲第7号証3頁5行ないし7行。別紙参考図のタイプBの導体)、(b)第4図(別紙図面2参照)に示される、中心部が絶縁素線10で構成され、その外側が非絶縁素線30で構成された円形より線導体(同号証3頁7行ないし9行)、(c)第5図(別紙図面2参照)に示される、中心部が非絶縁素線30で構成され、外側が絶縁素線10で構成された円形より線導体(同号証3頁10行ないし12行)の3種類のみである。
上記のとおり、当初明細書には、補正明細書に記載の実施例に相当する導体は全く記載されていないし、当初明細書の記載内容から自明でもない。
したがって、本件補正は、実施例の説明を出願当初のものと全く別のものに入れ替える補正であり、明らかに要旨を変更するものである。
<3> 当初明細書には、本件発明の効果について「低コストで素線絶縁ができる」と記載されているのみである。ところが、補正明細書では、本件発明の効果をこれとは全く別のものに補正している。すなわち、補正明細書では、「本発明は銅素線を用いた・・・配設したことにより、近接効果、表皮効果を小さくおさえることができる」としているが、このような効果は当初明細書には記載されていない。また、補正明細書では、「他に考えられる素線絶縁とは異なり、・・・」として種々の効果を述べているが、これらは当初明細書には全く記載されていない効果であり、当初明細書の記載から自明であるとも認められない。
したがって、本件補正は、発明の効果の説明を出願当初のものと全く別のものに入れ替える補正であり、明らかに要旨を変更するものである。
<4> 以上のとおりであって、本件補正につき明細書の要旨を変更するものではないとした審決の判断は誤りであり、その誤った判断に基づいて、「請求人の第2の理由についてはもとより認めることはできない。」(審決書17頁18行ないし20行)とした判断も誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 甲第4号証は極低温ケーブル用導体に関するものであるのに対し、本件発明は常温ケーブル用導体に関するもので、その対象が異なる。原告は、本件発明の対象は極低温で使用される導体も含むものである旨主張しているが、もしそうであるならば当然その趣旨のことが本件明細書に記載されているはずであるのに、本件明細書にはそのような記載はない。また、甲第4号証には、「素線間に絶縁(例えば導体にアルミ、銅を使用した場合はその酸化膜等)を施すことにより、さらに表皮効果は著しく小さくなるものである。」との記載はあるが、銅の酸化物には、亜酸化銅、酸化第一銅、酸化第二銅及び三二酸化銅の4種類があり、その性質は相当異なるのに酸化第二銅とは明記していない。銅の酸化膜と記載されているからといって、その主成分が酸化第二銅と解するのが普通であるとはいえない。
甲第5号証も「極低温大サイズケーブル」に関するものであって、本件発明のような常温ケーブル用導体に関するものとは異なる。また、甲第5号証には「導体素線はその表面に酸化被膜が設けられ」と表現されているのであって、銅素線とは記載されていない。導体材料としては銅とアルミが考えられるが、極低温ケーブル用導体の材料としては通常はアルミが用いられている(甲第3号証164頁4.(3))。したがって、甲第5号証の極低温大サイズケーブルにおいても導体の材料としてはアルミを使用することが前提になっていると考えられ、導体素線の酸化皮膜はアルミ皮膜のことを意味すると解される。
そして、甲第3号証には、素線絶縁の材料としてエナメルを使用すると記載されているが、積極的に酸化銅皮膜を用いるとの記載はなく、甲第4、第5号証の技術を甲第3号証のものに組み合わせても素線絶縁の材料として酸化銅皮膜を用いることは容易に推考することはできない。
<2> 甲第6号証も超電導導体に関するものであって、常温のケーブル導体に関するものではない。しかも、酸化第二銅の皮膜を用いてはいても素線絶縁に関するものではなく、「冷却が充分に行なわれ、超電導が破れてもその時発生する熱をすみやかに除去して容易に超電導状態に回復することが出来る」(2欄10行ないし12行)、いわゆる安定度の良い絶縁超電導体を提供するための発明であって、本件発明とは全く異なる構成のものである。甲第6号証には酸化第二銅の特性が記載されているが、記載のような特性があるからといって、ケーブル導体の素線絶縁に酸化第二銅を用いるという発想は容易に浮かぶものではない。
<3> 本件発明の効果について原告は、表皮効果の低減の効果は従来のエナメルによる素線絶縁導体と何ら変わるところはない旨主張しているが、本件発明はエナメル素線絶縁導体の欠点を除去しながら、エナメル素線絶縁導体の場合と同じか又はこれより優れた表皮効果低減の効果を得るために発明されたものである。
<4> 以上のとおり、甲第4号証は、本件発明とは発明の対象が異なり、銅の酸化物には4種類の酸化銅があるのに酸化第二銅を用いたとの記載はなく、甲第5号証も、本件発明と発明の対象が異なるうえ、銅の酸化膜との記載すらない。ましてや酸化第二銅を素線絶縁に用いるという思想は全くない。
甲第6号証には、酸化第二銅の特性が記載されているが、この特性があるからといって直ちに本件発明の酸化第二銅による素線絶縁ケーブル導体に結びつかない。
したがって、甲第3ないし第6号証からは本件発明を当業者が容易に考えつくことはできないものである。
(2) 取消事由2について
<1> 「出願当初の明細書に記載した事項」には、当然出願当初の明細書の特許請求の範囲に記載された事項も含まれる。
本件補正後の特許請求の範囲第1項における「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体」は当初明細書の特許請求の範囲第1項における「導電素線をより合わせてなるより線導体」の一態様であるから、当然にこの範囲内に含まれる自明の事項である。また、本件補正後の特許請求の範囲第1項における「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」の「酸化第二銅による絶縁皮膜」は、当初明細書の特許請求の範囲第1項における「表面に形成した酸化皮膜によって素線絶縁を行った素線」の「酸化皮膜」に含まれ、当初明細書の特許請求の範囲第2項には「酸化皮膜が、銅の表面を酸化させて形成した酸化第二銅の層であること」と明記されている。
当初明細書の特許請求の範囲第1項における「素線絶縁を行った素線を、少くとも一部分に含ませること」とは、ケーブル導体中に絶縁素線を少なくとも一部分に含ませるという広い範囲の技術であって、本件補正後の特許請求の範囲第1項における「少くも一層、互に同一撚層になる位置に配設した」ことや、同第2項における「前記分割圧縮整型撚線導体の表面層に配置した」ことは、当然「一部分に含ませる」ものに該当するから自明の事項である。
上記のとおり、特許請求の範囲の補正は当初明細書に記載した事項の範囲内の補正であって、要旨変更とはならない。
<2> 上記のとおり、当初明細書の特許請求の範囲第1項には「素線絶縁を行った素線を、少くとも一部分に含ませる」と記載されており、別紙参考図のタイプC、Dの構成はいずれも絶縁素線を一部分に含ませたものである。
当初明細書の第3図ないし第5図、及び発明の詳細な説明の記載はいずれも実施例の一部を記載したにすぎないものであって、特許請求の範囲内の実施例は他に数多く存在しており、上記タイプC、Dの構成もその一例にすぎず、これらを追加することによって、別の技術が追加されるという結果になるわけでもない。
したがって、本件補正による実施例の追加は何ら要旨の変更とはならない。
<3> 本件補正による作用効果の補正は、当初明細書に記載された発明の構成、すなわち、酸化皮膜(特に酸化第二銅皮膜)によって素線絶縁を行った素線を、少くとも一部分に含ませたケーブル導体であれば当然生ずるものであり、この作用効果の補正によって出願当初の本件発明の要旨が実質上拡張されるわけでもないから、要旨変更とはならない。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の要旨)及び3(審決の理由)は、当事者間に争いがない。
2 まず、取消事由2について検討する。
(1) 本件発明の当初明細書に審決摘示(審決書4頁14行ないし6頁2行)の記載があること、本件補正の内容が審決摘示(同6頁4行ないし8頁10行)のとおりであることは、当事者間に争いがない。
上記のとおり、当初明細書(甲第7号証)の特許請求の範囲第1項には、「導電素線をより合わせてなるより線導体において、表面に形成した酸化皮膜によって素線絶縁を行った素線を、少くとも一部分に含ませることを特徴とするケーブル導体。」と記載され、補正明細書(甲第8号証)の特許請求の範囲第1項には、「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少くも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体。」と記載されている。
補正明細書の特許請求の範囲第1項に記載された「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体」、「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」は、それぞれ当初明細書の特許請求の範囲第1項に記載された「導電素線をより合わせてなるより線導体」、「表面に形成した酸化皮膜によって素線絶縁を行った素線」の一態様であると認められる。また、補正明細書の特許請求の範囲第1項に記載された「各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少くも1層、互に同一撚層になる位置に配設」する構成は、当初明細書の特許請求の範囲第1項に記載された「素線絶縁を行った素線を、少くとも一部分に含ませる」構成の一態様であると認められる。したがって、補正明細書に記載の特許請求の範囲第1項の構成は、表現上は当初明細書の特許請求の範囲第1項に記載された構成の一態様であるということができる。
(2) 平成5年法律第26号による改正前の特許法41条には、「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と規定されているところ、明細書の補正の前後を通じて特許請求の範囲の記載自体に変更がない場合であっても、当初明細書を補正した結果、特許請求の範囲に記載された技術的事項が実質的に変更される場合は、当初明細書に記載した事項の範囲外となるから、補正後の特許請求の範囲に記載した技術的事項が当初明細書に記載した事項の範囲内であるかどうかは、単に特許請求の範囲の記載自体から判断することはできない。
したがって、補正後の特許請求の範囲に記載の構成が、当初明細書の特許請求の範囲に記載の構成の一態様であることから直ちに、当該補正が明細書の要旨を変更するものではないということにはならない。
他方、上記「明細書又は図面に記載した事項」とは、その事項自体が明細書又は図面に直接的に記載されていない場合であっても、当業者にとって出願当初の明細書又は図面に記載されている技術内容からみて自明の事項を含むものと解すべきである。
(3) 原告は、補正後の特許請求の範囲第1項には別紙参考図のタイプA、B、C、Dの構成からなるケーブル導体が含まれる旨主張するところ(この点について、被告は特に争っていない。)、当初明細書の発明の詳細な説明中の「本発明は、ケーブル導体の全部を以上の絶縁素線10で構成する場合」(甲第7号証3頁1行、2行)との記載によれば、上記タイプAの構成のケーブル導体が、「一部分に使用する例としては、・・・(第3図参照)、セグメント20の外層22のみを絶縁素線10にし、内層24を非絶縁素線30にする」(同3頁3行ないし7行)との記載によれば、上記タイプBの構成のケーブル導体がいずれも当初明細書に記載されているということができる。しかし、当初明細書(甲第7号証)には、上記タイプC、Dの構成からなるケーブル導体を直接的に開示する記載はない。
そこで、上記タイプC、Dの構成のケーブル導体が、当初明細書の記載から、当業者において自明のものであるか否かについて検討する。
当初明細書には、「送電容量の巨大化にともない、導体サイズも5,000~6,000mm2が実用化されつつある。この場合、表皮効果、近接効果などによる交流損が大きな問題になる。この対策として、多分割導体、素線絶縁などが行われている。・・・従来、素線絶縁にはエナメルコーティングなどが用いられてきた。これは近接効果にも有効である。しかしエナメルコーティングはコスト高になる欠点がある。本発明はこの欠点を解消し、低コストで素線絶縁ができるようにしたものである。」(甲第7号証1頁16行ないし2頁9行)、「本発明は、ケーブル導体の全部を以上の絶縁素線10で構成する場合と、一部分にこれを使用する場合の両方を含む。一部分に使用する例としては、<1>実公昭31-14、951号公報に記載のように(第3図参照)、セグメント20の外層22のみを絶縁素線10にし、内層24を非絶縁素線30にする、<2>円形より線導体の場合には「第4図」のように中心から同心的に絶縁素線10を配置し、外側を非絶縁素線30にするなどがある。また上記と逆、すなわち「第5図」のように中心から同心的に非絶縁素線30、外側を絶縁素線10としてもよいことはもちろんである。」(同3頁1行ないし12行)と記載されていることが認められる(上記第3図ないし第5図については別紙図面2参照)。
上記各記載によれば、当初明細書には、ケーブル導体の表皮効果、近接効果を低減する手段として、分割導体のセグメントを単位として絶縁素線を配置する方法と、円形より線導体を単位として絶縁素線を配置する方法とが等価のものとして開示され、セグメントあるいは円形より線導体に配置する絶縁素線について、別紙図面2の第3図のように1層のみとしてもよいし、同第4図や第5図のように複数層としてもよく、また、同第3図や第5図のように最外層の1層を含む外層に配置してもよいし、同第4図のように中心を含む内層に配置してもよいことが、本件発明における絶縁素線の配置を例示するものとして開示されているものと認められる。逆に、当初明細書には、絶縁素線の配置を別紙図面2の第3図ないし第5図に示したものに限定する旨の記載や、別紙図面2の第3図ないし第5図のように、セグメントあるいは円形より線導体を絶縁素線を配置した層と非絶縁素線を配置した層の2つのみに分割することの技術的意味を明らかにする記載は存しない。
上記認定、説示したところによれば、セグメントあるいは円形より線導体を構成する素線の層を3つに分割し、それらの層のうち、最外層を含む外層側と中心を含む内層側との間に存する中間の層に絶縁素線を配置する構成、すなわち別紙参考図のタイプC、Dのような構成であっても、ケーブル導体の表皮効果、近接効果を低減し得るであろうことは、当業者ならば技術的に自明のこととして理解できるものと認められる。
また、本件補正によって加えられた本件発明の作用効果は、当業者において、当初明細書の特許請求の範囲に記載された構成から当然に予測できた範囲内のものと認められる。
(4) 以上のとおりであるから、【1】、【2】及び【3】の各補正(審決書6頁4行ないし8頁10行)は、いずれも当初明細書に記載された事項の範囲内のものであって、本件補正は明細書の要旨を変更するものではないとした審決の判断は、結論において誤りはないものというべきである。
したがって、本件補正は明細書の要旨を変更するものであることを前提とする取消事由2は理由がない。
3 取消事由1について検討する。
(1) 甲第3号証ないし第6号証、第16号証ないし第18号証、第20号証、第21号証(審判時の甲第1ないし第9号証)に審決摘示の各事項(審決書12頁9行ないし15頁5行)が記載されていることは当事者間に争いがない。
(2)<1> 上記のとおり、甲第3号証(昭和52年電気学会東京支部大会講演論文集〔1〕 昭和52年11月発行 163頁、164頁)には、電力ケーブル用大サイズ導体の表皮効果として、素線絶縁導体(素線絶縁:エナメル、断面積:2500mm2、分割数:6、材質:銅)を用いた場合の実測値、ケーブル導体としては、表面無処理のものに比べて絶縁処理したものの方が表面効果係数は低くなること、銅導体の表皮効果係数は、素線表面に自然に生じた酸化膜程度では素線間の絶縁抵抗としては不十分であることが記載されている。
そして、甲第4号証(特開昭50-49677号公報)には、セグメント内の銅素線に銅酸化膜による絶縁を施すと、大サイズ導体の表皮効果が小さくなること、甲第5号証(実願昭50-95116号(実開昭52-9077号公報)のマイクロフィルム)には、導体素線の表面に酸化皮膜を設けた導体素線を撚り合わせた極低温大サイズケーブルによれば、表皮効果を小さく抑えることができることがそれぞれ記載されていること、及び、甲第14号証中の「導体には純度の高い銅またはアルミニウムが使用される。」(180頁4行ないし6行)、甲第4号証中の「素線間に絶縁(例えば導体にアルミ、銅を使用した場合はその酸化膜等)を施すことにより、さらに表皮効果は著しく小さくなるものである。」(2頁左上欄5行ないし8行)との各記載によれば、甲第5号証における上記酸化皮膜には銅の酸化皮膜が含まれるものと考えられることからすると、甲第4、第5号証には、表皮効果の低減を目的として、ケーブル導体に、銅の酸化物(酸化銅)による絶縁皮膜が設けられている素線を用いることが開示されているということができる。
<2> ところで、甲第10号証(「化学大辞典3」共立出版株式会社 昭和38年9月15日発行)には、「酸化銅」として、酸化第一銅、酸化第二銅、亜酸化銅、三二酸化銅が知られているが、酸化第一銅、酸化第二銅以外のものは「疑わしい点がある」と記載されていること、甲第11号証(「岩波理化学辞典 増訂版」昭和33年11月28日発行)には、「酸化銅」として、酸化第一銅と酸化第二銅だけが挙示されていること、及び、甲第12号証(「岩波理化学辞典 第3版」昭和46年5月20日発行)には、「酸化銅」として、酸化第一銅と酸化第二銅だけが挙示され、酸化第一銅について、亜酸化銅ともいう旨記載されていることがそれぞれ認められ、これらの事実によれば、銅の酸化物(酸化銅)といえば、通常は酸化第一銅と酸化第二銅をいうものと認められる。
したがって、甲第4、第5号証における酸化銅は、一応酸化第一銅と酸化第二銅のいずれかであるということになる。
<3> 補正明細書(甲第8号証)には、「銅素線上に酸化第二銅皮膜を形成する手段は極めて簡単で、その皮膜厚も薄く、強じんで他の銅素線と一体化しており、機械的な摩擦、屈曲などで剥離するおそれもなく化学的にも安定で熱的にも強く、しかも素線絶縁に充分な性能を有する体積抵抗率104~106Ω.cmを有するものであり、半導電性であるために従来通りの導体遮蔽設計ができる。これに対し、酸化第一銅皮膜は102~103Ω.cmの体積抵抗率で機械的にも弱く、化学的にも不安定で耐熱性も悪く、素線絶縁に好ましい表面抵抗を有するものは得られないので素線絶縁に採用することができず、又、通常酸化銅皮膜と称されている酸化第一銅皮膜を包含する皮膜はこれまた前述の如き好ましくない特性を有するところから素線絶縁には採用し得ない。」(6頁11行ないし7頁6行)と記載され、甲第6号証(特公昭49-36520号公報)には、超電導材料に銅を被覆した超電導体の表面に酸化第二銅を被覆して絶縁層とした絶縁超電導体が示され、「この酸化第2銅層は密着性が非常に良く厚みが薄いにもかかわらず、耐摩耗性、引っ掻き強さも良くコイル巻き作業に充分耐え得る。又絶縁耐圧も超電導マグネットに使用するに充分な値が得られている。」(3欄24行ないし28行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、酸化第一銅皮膜及び酸化第二銅皮膜の各特性についての上記知見は、本件発明の出願当時において当業者に周知の事項であったものと認められる。
<4> しかして、前記のとおり、甲第4、第5号証には、表皮効果の低減を目的として、ケーブル導体に、酸化銅による絶縁皮膜が設けられている素線を用いることが開示されていると認められるところ、酸化第二銅皮膜の特性について周知の上記知見を前提として甲第4、第5号証を見ると、甲第4、第5号証には、ケーブル導体に「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」を用いることが示唆されているものと認めるのが相当であり、少なくとも、甲第6号証に酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁に適していることが開示されているのであるから、甲第4、第5号証のケーブル導体の素線絶縁のために用いる酸化銅皮膜として酸化第二銅皮膜を用いることは、当業者において容易に想到し得る程度のことと認められる。
また、補正明細書(甲第8号証)には、本件発明の作用効果について、「近接効果、表皮効果を小さくおさえることができる」(8頁7行、8行)、「接続に際し、酸化第二銅皮膜が弱酸性液もしくは機械的手段で容易に皮膜を除去することができるので、溶接接続が容易であり」(同頁10行ないし13行)、「皮膜厚も約0.5~1μm(すなわち0.3~3.0μm)という薄さであるので、仕上がり導体径が太くならず」(同頁15行ないし17行)などと記載されているが、いずれも酸化第二銅皮膜によって素線絶縁を行った素線を用いることにより当然生じる効果、あるいは当業者であれば予測できる効果にすぎず、格別のものということはできない。
(3) 被告は、甲第4号証は極低温ケーブル用導体に関するのものであって、常温ケーブル用導体に関するものである本件発明とは、発明の対象が異なり、また、銅の酸化物には4種類の酸化銅(亜酸化銅、酸化第一銅、酸化第二銅及び三二酸化銅)があるのに、甲第4号証には酸化第二銅を用いたとの記載はなく、銅の酸化物と記載されているからといって、その主成分が酸化第二銅と解するのが普通であるとはいえないこと、甲第5号証も「極低温大サイズケーブル」に関するものであって、本件発明とは発明の対象が異なるうえ、銅の酸化膜との記載はなく、甲第5号証の導体素線の酸化皮膜はアルミ皮膜と考えられ、ましてや酸化第二銅を素線絶縁に用いるという思想は全くないこと、甲第3号証には、素線絶縁の材料としてエナメルを使用すると記載されていうが、積極的に酸化銅皮膜を用いるとの記載はなく、甲第4、第5号証の技術を甲第3号証のものに組み合わせても素線絶縁の材料として酸化銅皮膜を用いることは容易に推考することはできないこと、甲第6号証に酸化第二銅の特性が記載されているからといって、ケーブル導体の素線絶縁に酸化第二銅を用いるという発想は容易に浮かぶものではないことを理由として、甲第3ないし第6号証の記載から本件発明を想到することは容易になし得ることではない旨、本件発明はエナメル素線絶縁導体の欠点を除去しながら、エナメル素線絶縁導体の場合と同じか又はこれより優れた表皮効果低減の効果を得るために発明されたものである旨主張する。
しかし、本件発明は「ケーブル導体」に関するものであって、「常温ケーブル用導体」に関するものに限定されるわけではないから、本件発明と甲第4、第5号証のものとは、発明の対象が異なる旨の主張は失当である。
甲第4号証には酸化第二銅を用いたとの直接的な記載はないが、甲第4号証には、ケーブル導体に「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」を用いることが示唆されているものと認め得ることは前記説示のとおりである。
また、甲第5号証には、銅の酸化皮膜を設けたとの記載はないが、甲第5号証においても酸化銅による絶縁皮膜が設けられているものと推認されることは前記説示のとおりである。甲第3号証には、極低温ケーブル用導体の材料としてアルミが用いられている例が記載されており(164頁4.(3))、乙第12号証には、「導体材料としては銅とアルミが考えられるが、以下の理由によりここではアルミを採用した。(1)極低温領域では比抵抗に大きな差がない。(2)同じ電流容量でアルミは銅より約30%軽量である。(3)粘性強度が銅よりすぐれている。」(2頁右欄8行ないし12行)と記載されていることが認められるが、これらの記載によって、上記推認が妨げられるものではない。仮に、甲第5号証の導体素線の酸化皮膜はアルミ皮膜であるとしても、甲第4号証には、表皮効果の低減のために、ケーブル導体に銅の酸化物による絶縁皮膜が設けられた素線を用いることが開示されており、甲第6号証には、酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁に適していることが開示されているのであるから、甲第4号証のケーブル導体の素線絶縁のために用いる酸化銅皮膜として酸化第二銅皮膜を用いることは、当業者において容易に想到し得る程度のことと認められる。
さらに、甲第3号証、及び甲第4、第5号証はともに、表皮効果の低減を目的として導体素線に絶縁を施すという点では共通しており、その絶縁材料として、エナメル皮膜とするか、酸化銅皮膜とするかの違いがあるにすぎず、甲第3号証のエナメル皮膜に代えて、甲第4、第5号証の酸化銅皮膜を用いることは容易に想到し得ることであると認められる。
本件発明の作用効果が格別のものといえないことは前記説示のとおりである。
したがって、被告の上記主張は採用できない。
(4) 以上のとおりであって、本件発明は、甲第3ないし第6号証、第16ないし第18号証、第20号証、第21号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない、とした審決の判断は誤りであるいわざるを得ず、取消事由1は理由がある。
4 よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙図面 1
<省略>
別紙図面 2
<省略>
別紙
参考図
本件特許の「特許請求の範囲」に含まれるケーブル導体
<省略>
◎:酸化第二銅皮膜つき素線
○:裸素線
平成6年審判第5321号
審決
東京都千代田区丸の内2丁目6番1号
請求人 古河電気工業株式会社
東京都千代田区神田松永町7番地 ヤマリビル403 若林特許事務所
代理人弁理士 若林広志
東京都江東区木場1丁目5番1号
被請求人 株式会社 フジクラ
東京都千代田区永田町2丁目14番2号 山王グランドビルヂング3階317区 藤本特許法律事務所
代理人弁理士 藤本博光
東京都千代田区永田町2丁目14番2号 山王グランドビルヂング3階317区 藤本特許法律事務所
代理人弁理士 神田正義
上記当事者間の特許第1402938号発明「ケーブル導体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
1. 本件特許の経緯
本件特許第1402938号発明(以下、「本件発明」という)は、昭和53年5月24日に出願された実用新案登録出願(実願昭53-69890号)を、昭和53年10月27日に特許出願に変更された出願(特願昭53-132333号、以下、「本願」という)であって、昭和60年12月13日に出願公告(特公昭60-57165号)され、昭和62年9月28日に特許権の設定の登録がなされた。
2. 本件発明の要旨
本件発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。
「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少なくとも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体。」
3. 請求人の主張
請求人は、甲第1号証~甲第12号証を挙示し、下記に要約した第1~第2の理由により本件特許は無効とされるべきであると主張している。
(第1の理由)
本件発明は、甲第1号証~甲第9号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、本件発明については特許を受けることができない。
(第2の理由)
本願の願書に添付した明細書及び図面について、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前である昭和60年7月19日付けでした補正は、これらの要旨を変更するものであるから、特許法第40条の規定により、本願は昭和60年7月19日にしたものとみなされる。
すると、本件発明は、本件発明の出願公開公報である甲第12号証(特開昭54-153288号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4. 当審の判断
(要旨変更に関する請求人の主張について)
本願は、昭和53年5月24日に特許出願をしたものとみなされるところ、請求人は、昭和60年7月19日付けでした補正は、明細書の要旨を変更するものであるから特許法第40条の規定により、本願はその補正をした日にしたものとみなされる旨主張しているので、まず、この点について検討する。
(出願当初の明細書および図面の記載)
〔1〕 「導電素線をより合わせてなるより線導体において、表面に形成した酸化皮膜によって素線絶縁を行った素線を、少なくとも一部分に含ませることを特徴とするケーブル導体。」および「酸化皮膜が、銅の表面を酸化させて形成した酸化第二銅の層であること」(特許請求の範囲の欄)
〔2〕 「本発明は、ケーブル導体の全部を以上の絶縁素線10で構成する場合と、一部分にこれを使用する場合の両方を含む。」(第3頁第1~3行目)
〔3〕 「一部分に使用する例としては、…(第3図参照)、セグメント20の外層22のみを絶縁素線にし、内層24を非絶縁素線30にする」(第3頁第3~7行目)
〔4〕 「円形より線導体の場合には「第4図」のように中心から同心的に絶縁素線10を配置し、外側を非絶縁素線30にする」(第3頁第7~9行目)
〔5〕 「また上記と逆、すなわち「第5図」のように中心から同心的に非絶縁素線30、外側を絶縁素線10としてもよい」(第3頁第10~12行目)
〔6〕 「…、導体を構成する素線として素線絶縁が1部のみですむというメリットがある。」「…ケーブル導体の全部を絶縁素線10で構成した導体の表皮効果係数の実測値を示すと第1図のとおりで、従来例に比較して大幅に改善されている。」「低コストで素線絶縁ができる。」(以上、第3頁第13~19行目、第4頁第1行目)
(昭和60年7月19日付け補正書の記載)
【1】特許請求の範囲第1項が、「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少なくも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことを特徴とするケーブル導体。」と、同第2項が、「銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体に於て、酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を前記分割圧縮整型撚線導体の表面層に配置したことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のケーブル導体。」と補正された。
【2】図面の「第3図」を補正すると共に、その説明部分を「本発明ではこのような酸化第二銅皮膜を設けた銅素線を用い、例えば第3図に見られるように、ケーブル導体を構成するものである。即ち複数本の銅素線を撚り合わせて圧縮整型してセグメント20を構成しているが、この各セグメント20の表面より第2層22の銅素線は酸化第二銅皮膜を有する絶縁素線10よりなり、表面第1層26及び内層24は通常の銅素線からなるものである。なお、図ではセグメントの数が6ヶであるが、これに限られるものではない。又、酸化第二銅皮膜を有する素線はセグメント20の表面以外でも各セグメントで互に同じ撚線層の位置に配置しておればよく、又、例えば全体を酸化第二銅皮膜を有する素線としてもよいことは勿論である。」と補正した。
【3】効果について「本発明は銅素線を用いたケーブル導体の構造が分割導体であり、かつ酸化第二銅皮膜による素線絶縁層を各セグメントに少なくも一層同じ撚線層の位置に導体中に配設してあることにより、近接効果、表皮効果を小さくおさえることができる外、特に他に考えられる素線絶縁とは異なり、薄くて安定でしかも製造容易な酸化第二銅皮膜による素線を用いた効果として接続に際し、酸化第二銅皮膜が弱酸性液もしくは機械的手段で容易に皮膜を除去することができるので、溶接接続が容易であり、特に素線絶縁が表層近くにある場合は接続時における素線の酸化皮膜は、その皮膜を除去するのに効率が良く皮膜厚も約0.5~1μm(すなわち0.3~3.0μm)という薄さであるので、仕上り導体径が太くならず、絶縁油に対しても安定で、体積抵抗率104~106Ω・cmであって前述のエナメル素線絶縁に於けるが如き各種の欠点を生ずることなく、これにより初めて素線絶縁の実用化を推進することができる。」と補正された。
そこで前記【1】の補正について検討する。
前記〔1〕において、酸化第二銅皮膜を設けた絶縁素線を「少なくとも一部分に含ませる」という包括的な記載に含まれる具体的な態様としては、前記〔2〕、〔3〕、〔4〕及び〔5〕の場合が例として明記されており、そしてセグメントの断面を示す第3図によると、前記〔3〕における、外層22はセグメント20の全周囲にわたる表面断面形状(円弧状部および直線部)の層と認識されること、また各セグメントは圧縮整形撚線導体であることからその表面断面形状に相似する形状の層が同一撚層となっていることを考慮すると、前記〔3〕の「外層22」が各セグメントにおいて「素線を、互に同一撚層になる位置に配設した層」を意味することは明らかである。又、「外層は、単層だけでなく、「最外層」をも含む複数の層からなる層をも意味すること、即ち「少くも1層からなること」は、円形より線導体の断面を示す第4図や第5図において、絶縁素線10が複数の層からなっていることからみても明らかである。
してみると、前記【1】における酸化第二銅皮膜を設けた絶縁素線を「少くも1層、互に同一撚層になる位置に配設した」という記載は、前記〔1〕に含まれる実施態様のうちの前記〔3〕に該当するセグメント形撚線導体の発明に限縮したものに相当し、そして前記【1】の実施態様項として記載された「表面層に配置した」場合は前記〔3〕の配置する位置を特定化した場合に外ならないということができる。
したがって、前記【1】、すなわち補正された特許請求の範囲第1項及び第2項に記載された事項は、出願当初の明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものである。
前記【2】の補正について検討する。
前記〔3〕、〔4〕及び〔5〕には、絶縁素線を配置する位置の例としては、「表面外層」の「単層のみ」、「外側」の「複数層」、「内側」の「複数層」が記載され、これに前記〔1〕及び〔2〕に記載された「全部」「一部分」「少なくとも一部分に含ませる」という記載内容を総合的に勘案すると、「内側」の「単層のみ」に、即ち表面または中心より第n番目の単層のみに、絶縁素線を配置するという思想は自明であると判断せざるを得ない。
してみると、前記【2】の、各セグメント20の表面より第2層22のみを酸化第二銅皮膜を設けた絶縁素線とする場合や、セグメント20の表面以外(例えば、表面または中心より第n番目の層)でも各セグメントで互に同じ撚線層の位置に配置している場合は、出願当初の明細書及び図面の全記載内容に徴し自明な思想を、単に具体的に明確化したにすぎないものである。
したがって、前記【2】の補正も、出願当初の明細書及び図面の記載から自明な範囲内のものであるから要旨変更とは認めない。
前記【3】の補正について検討する。
前記〔6〕には、酸化第二銅皮膜を設けた絶縁素線をケーブル導体の全部に配置した場合の表皮効果係数の実測値が、従来例に比較して大幅に改善されていること、及び低コストで素線絶縁ができることが効果として記載されており、そしてこの効果は、絶縁素線をケーブル導体の少なくとも一部分に配置した場合にも、量的な相異はあるにせよ同様に奏されると理解されるから、前記【3】の「…、表皮効果を小さくおさえることができる。…」という効果は、前記〔6〕の効果を記載したにすぎないものと認める。
そして、この効果に加えて自明及び非自明な種々の効果を前記【3】において補正したとしても、追加した効果により本件発明の特許性に何らの影響を与えるものではない以上、前記【3】の補正は、出願当初の明細書及び図面の要旨を変更するものとは認めない。
以上のことから、前記【1】、【2】及び【3】の各補正は、いづれも出願当初の明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものであるから、昭和60年7月19日付けの補正は、明細書の要旨を変更するものではないと認める。
(各甲号証の記載)
請求人が挙示した甲第1~9号証には、概略以下のことが記載されている。
甲第1号証(昭和52年電気学会東京支部大会講演論文集〔1〕 昭和52年11月発行 第163~164頁)
電力用ケーブル用大サイズ導体の表皮効果として、素線絶縁導体(素線絶縁:エナメル、断面積:2500mm2、分割数:6、材質:銅)を用いた場合の実測値。
ケーブル導体としては、表面無処理のものに比べて絶縁処理したものの方が、表面効果係数は低くなること(図3参照)。
銅導体の表皮効果係数は、素線表面に自然に生じた酸化膜程度では素線間の絶縁抵抗としては不十分であること。
甲第2号証(特開昭50-49677号公報)
セグメント内の銅素線に銅酸化膜による絶縁を施すと、大サイズ導体の表皮効果は小さくなる。
甲第3号証(実開昭52-9077号公報のマイクロフィルム)
導体素線の表面に酸化皮膜を設けた導体素線を撚り合わせた極低温大サイズケーブルによれば、表皮効果を小さく抑えることができること。
甲第4号証(特公昭49-36520号公報)
超伝導材料に銅を被覆した超伝導体の表面に酸化第二銅を被覆して絶縁層とした絶縁超伝導導体。
この酸化第二銅層は、密着性が良く厚みが薄いにもかかわらず耐摩耗性、引っかき強さも良く、絶縁耐圧も超伝導マグネットに十分であること。
甲第5号証(めっき技術便覧 昭和46年7月25日、日刊工業新聞社発行 第145頁)
鋳造、焼きなまし、熱処理した銅のスケールはエメリー研摩、サンドブラストなどの機械的処理および酸洗いによって除去する。
甲第6号証(新版表面処理ハンドブック 昭和44年8月30日、産業図書株式会社発行 第122頁)
銅表面のスケール(CuO、Cu2O)を除くには、一般に10~20%硫酸溶液が使用されること。
甲第7号証(金属表面技術便覧 昭和51年11月30日、日刊工業新聞社発行 第180頁)
銅表面のスケールは、CuO、Cu2Oで、10~20%の硫酸で洗うこと。
甲第8号証(実公昭30-5577号公報)
断面扇形の撚導体を半導体紙によって分離することにより、表皮効果による交流抵抗を絶縁紙で分離した場合と同様に減少させ、かつ分割導体の外周に半導体紙を密接に設けることにより導電部と絶縁体との隔離の為のストレスの増加による局部放電を防止すること。
甲第9号証(実公昭38-7770号公報)
表皮効果と近接効果を防止する電気ケーブル導体に関し、電気ケーブル導体の各セグメント(扇形導体)のそれぞれを半導電性薄膜で分離し、外周と外部線との間にも半導電性薄膜を設けた。
甲第12号証(特開昭54-153288号公報)
電力ケーブル用素線絶縁分割導体。
(第1の理由について)
本件発明と甲第1~9号証に記載されたものとを比較すると、甲第1~3号証及び甲第8~9号証には、導体素線にエナメルや酸化皮膜を被覆したり、分割導体の各セグメントを半導体紙や半導電性薄膜で被覆することにより、表皮効果を小さく抑えることが出来る点が、記載されているものの、本件発明の特徴である「酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線」という具体的構成については、記載も示唆もするところがない。
そして、甲第4号証では、酸化第二銅による絶縁層を用いてはいるが、その使用は直流を用いる超電導導体に関するものであるから、交流抵抗による表皮効果を考慮する必要がない為、銅素線の絶縁による常温での表皮効果の低減を目的とするものでないことは明らかであり、その目的とするところは、超電導材料に銅を被覆した超電導導体の絶縁に熱伝導の良い酸化第二銅絶縁層を用いると、液体ヘリウムによる冷却が十分に行われ、超電導が破れてもその時発生する熱をすみやかに除去して容易に超電導状態に回復することが出来るようになすことであるので、目的が相違するばかりか、構成及び効果においても全く相違する。
したがって、酸化第二銅の特性について記載されていても、この記載から常温のケーブル導体の素線絶縁に酸化第二銅を用いるという技術思想を容易に想到することはできないものと認める。
又、甲第5~7号証は、銅表面のスケールの除去について一般的に記載したものにすぎず、本件のようなケーブルの素線絶縁に用いた酸化第二銅皮膜の除去については記載も示唆もしていない。
そして、本件発明は、銅素線をより合わせて構成している分割圧縮整型撚線導体において、その各セグメントに酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線を少なくも1層、互に同一撚層になる位置に配設したことにより、表皮効果の改善をはじめとして、種々の有用な効果が得られているものと認める。
したがって、本件発明は、甲第1~9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
(第2の理由について)
前述のとおり要旨変更とは認められないから、本願は、昭和53年5月24日にしたものとみなされる。
そうすると、請求人の挙示した甲第12号証は、特許法第29条に規定する特許出願前に頒布された刊行物に該当しない不適法な証拠であるから、採用することはできない。
したがって、甲第12号証を根拠とする請求人の第2の理由についてはもとより認めることはできない。
5. むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び挙示した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成7年2月16日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)